飽きっぽい40半ば、沖縄在住のオヤジが絶対に譲れないこと。

ここができていなかった。 そこをやってみることに。

気づけばいつ頃からストップしたのでしょうか(笑)

相変わらず飽きっぽい人間です。


いろいろとうまくいったり、失敗したりで
また大回りしてきてもどってきました。

またよろしければ見てください。


数字が苦手というのはビジネスにおいて損しますね。
客観的に見れないというか
ついつい感情的になってしまう。


そんなこと繰り返していましたが
いい加減、地に足をつけてやってみることにします。


「客観的に見れなかった」

「報酬画面だけが数字じゃない」

この動画はアフィリエイトにも当てはまることがたくさんあると思いました。
繰り返してみてみますね。



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私は自分を信じて思いっきり行動しています。

私は自分を信じて思いっきり行動しています。

これは私が
26歳の頃、当時沖縄で流行っていた
自己啓発セミナーを受けて

そこで自分がこれから生きていくための
ここから軸がブレてなければ
本当の自分として人生を歩んでいけるという言葉。

それから何年かはその言葉を
繰り返し、心に刻み込んでいましたが


それから人材派遣の会社に入り
そこでのハードワークに
心も体もぼろぼろになっていました。


夜中まで続く残業
日曜祝日出勤

拘束される長時間のデスクワークや
毎月の営業のノルマ


当時は本当に
何をやっても心がスカスカで

自分って何をしているんだろう?
自分ってこれから何をするんだろう?


ずーっと悩んで生きていた。



そして・・・あるときは職場の飲み会で
上司があまりにも酒をススメて煽りまくり

どんどん酒を飲ませられて
自分がパワハラを感じ、上司のその行動が嫌になって

自殺しようとスナックがある2階から
飛び降り自殺をしようとしたことがありました。


幸いにも高さが低かったので
ケガもせずに大丈夫でした。



あの時は本当に自分なんて
存在しなくてもいい。

もういい。 もういい。 もういい。
この場から消えてしまいたい!

酒が入っていたから
余計に感じて、窓に向かい外に飛び降りました。



ちょっとこのことは
自分でも今まで人に言ったことはほとんどありません。

このブログで初めて告白しました。


でも、あれから上司とは
関係が悪くなり、それから間もなくして私は会社を辞めました。




それからしばらく自宅で
療養していましたが、
このままではいけないと感じ
アルバイトを探して少しずつ仕事を始めました。


そしてあの言葉がまたある時
ふと思い出す瞬間があった。


私は自分を信じて思いっきり行動しています。


この言葉が出た瞬間・・・なんだか涙が出てきました。



ここだよな。
ここからズレなければ
自分は自分に対してOKが出せる。




あれから18年。

迷うことや悩みことも多いけれど
この言葉と一緒に人生を進んでいこうと決めています。


今日から残りの人生を輝き続けるために。



今日のブログ記事を読んで頂きありがとうございました。

もし、あなたが記事を読んで、なにか感じたり
ご質問や感想がありましたら、気軽にご連絡ください。





苦しい中にもなにか光を見つける。

「苦しい中にもなにか光を見つける。」

って感じることがあった。 

それもホントここ1週間の出来事。
せどりでも物販アフィリエイトでも商品が売れなくて

ついつい管理画面の売上の部分を
見ながらため息をついていた。


でも、これってもしかしたらチャンスなのかも?

そうやって見方を変えてみると
なんかうまくいっていない原因を紙に書いて
掘り起こしてみた。

そして・・・忘れていたことを思い出した。

木村秋則さんの奇跡のりんごを・・・


2013年に映画になるんだよね。 ⇒ 映画「奇跡のりんご」

演じるのは阿部サダヲさんと菅野美穂さん
お二人とも自分は好きな俳優さんです。




私はNHKのプロフェッショナル仕事の流儀から・・・
木村秋則さんを初めて知った。


完全無農薬で
周りのリンゴ農家から
変わり者ととして見られながらも
それでも毎年。毎年。

りんごが実るのを信じながらも
挫折し、人生を絶とうとした瞬間に
りんごから教えたもらったことを
実践し、完全無農薬のりんご。 


そして、取り組んで9年あまり。
ついに奇跡のりんごが生まれた。


りんごの木に日々に寄り添い、耳を傾け
自然の中で自分の我を出さず
向き合ってりんごにとって一番いい環境づくりのために
自分ができることを実践している木村秋則さん。


満面の笑みにはその苦労を苦労と感じさせないぐらい
器の大きさと勇気を与えてくれる行動力。


木村秋則さんの生き方に共感していたよな。


忘れてた。


その日とかすぐにとか
結果を求めすぎていた。


そこが自分の悪い癖だった。


なんのためにやっているのか?
なんのためにやっているのか?


そこをもっと見つめて
取り組んでいこうと。


「人は忘れる生き物だ。」という言葉があったよな。


飽きっぽいんじゃなくて・・・◯◯◯グセがついているだ!

「飽きっぽいんじゃなくて・・・◯◯◯グセがついているだ!」って
急に気づいた。



最近はまた自己対話するようになった。

もうこの年になって

『人からどう思われている?』ということを考える時間があったら
『自分は周りにとって何ができるのか?』を考えるようになった。




そして考え方を少しずつ変えてから
次のステップとして


色々と状況を説明してから
それから本題に入るクセがついていたのも


『回りくどい。』 ⇒ 『早く結論から言え!』
と意識してしゃべるようになって



『人からどう思われている?』と四六時中
常に考え、嫌われないようなしゃべりが
だいぶ変わり始めた。





気づいて習慣を変えるには
すごいパワーが必要。


なるべくラクしたい。

今の生活や考え方でいい。



今までやってきたことが
順調にいっていることほど

違うことを始めるとき自分の行動にブレーキをかけるのは

人が生き延びていくための
本能が変化を過敏に嫌がって反応してしまうから。





自分が今まで新たなことや
大きなことにチャレンジする時に

いきなり精神的・肉体的に負担がかかることを
無理やりやっては、すぐ結果を求めてしまうので

いつもうまく行かず、挫折を繰り返してきた。




だからこそ
その反省を振り返って
今はできることをよりできるようにして



できないこと・チャレンジしたいことは
行動しやすいように

自分の環境を少しずつ変える方法を実践している。




そして今日一日やりたいこと
今日一日やったことを紙に書き
目につくようにしている。



タイトルに書いてあったように
自分は飽きっぽいんじゃなくて・・・


これをやってみてから
自分はあきらめグセがついていると気づいた。



ん? これってもしかして
何もしないうちからあきらめていないのか?


高望みはするくせに
目の前にある行動が「キツイそう。」「難儀だな。」と
感じるスイッチが入ると

「自分できるかな?」
     ↓
  「無理かも?」
     ↓
  「やめるか!」
 

って流れが幼少期からずーーーーっと生活の中で行われ
無意識にその流れになるように習慣化されていたのだと思う。



そこを変えるための行動を
少しずつ始めている。


いつから始めても遅くない。
今気づき始めたことで人は変わり始める。


って誰かから聞いたことがある。



まだまだ発展途上中の40半ばのオヤジでした。

20才で夜中パニックになった男。

「うおおおおお・・・」

急に夜中目覚めて
窓から抜け出ようと鍵を開けようとするけれど
開かず、ガチャガチャしていると


母親が「どうしたの!!」

って電気を点けると



ふと我にかえる20才のミチノリでした。




それもある時期何度も何度も。




窓をドンドン叩き、鍵を開けて
雨戸を開けようとした時もあった。




なんでそんなことになったのか?



実はその頃、車の免許をとろうとして
自動車教習所に(沖縄ではなぜか?自練って皆んな言うんだよね。)
20才の春頃から通い始め


実地訓練で教官に何度も何度も

「あああああ~違う違う!
そこはブレーキ踏む前にアクセルを落とせ!」



「ミラーで確認する時に
「後方よし!側方よし!」と声を出して!」



「何度言ったらわかる!ブレーキは何度も分けて踏め!」



怒鳴られたり、あきれかえられたり
教官と車中にいるだけで
もう脳みそはフル回転で、おどおどしながら


怒られないように、注意されないように気をつけてきた。


自然と自分を守るために
教官の考え方やどんなことしたら怒られるのか?


その時間はそれを考えながら
受講していたので
終わった時には精神的にボロボロになり

しまいには前半に書いた
夜中にパニックになる症状が出てくるまでなってました。


トラウマだったんだよね。小さい頃に自分はイジメられたことがあって
フラッシュバックのようにそれが蘇り、恐怖に感じる時間を過ごしていた。


人と関わる時になるべく相手の合わせて
話をしたり、意見をなるべく言わないように
ゴタゴタが起こらないように、心のドコかで祈るようにやってきた。



でも、起業してからそれをやっていては『自分がない。』事に気づいた。


自分らしく自分にしかできないことを
もっと表現しながら、取り組んでいこう。



人と関わることでぶつかることもあるけれど
相手も尊重しながら自分も尊重できる人になりたい。




最近はつくづく感じるようになってきた。